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日野原重明さん死去!経歴と業績とは?生活習慣病と徹夜生活

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聖路加国際病院名誉院長である日野原重明さんがお亡くなられました。

死因は呼吸不全。

105歳でした。

100歳を超えても医療の現場で患者さんを診ていました。

日野原さんの経歴と業績をまとめました。


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日野原重明さんの経歴

1911年(明治44年)山口県でお生まれに。

お父様が牧師で日野原重明さんも7歳で洗礼を受ける。

経歴が凄い!

1932年、京都帝国大学医学部に現役で合格し入学。

1939年、京都帝国大学医学部大学院博士課程に進学。

1945年に志願で大日本帝国海軍軍医少尉に任官

※急性腎臓炎のため入院となり除隊

1951年、聖路加国際病院内科医長に就任する。

1957年、石橋湛山首相が脳梗塞で倒れ入院した際、石橋首相の主治医を務めた。

1970年、福岡での内科学会への途上によど号ハイジャック事件に遭い、韓国の金浦国際空港で解放される。

戦前の帝国大学の医学部は想像絶するエリートでしょう。

首相の主治医を勤めたりと凄いです。

ハイジャックにあったり、幾度も病気にかかったりとジェットコースター人生ですね。


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生活習慣病と命名

日野原は日本で最初に人間ドックを開設、早くから予防医学の重要性を説き終末期医療の普及にも尽くすなど、長年にわたって日本の医学の発展に貢献してきた功績が文化功労者と文化勲章の受章理由として挙げられている。従来は「成人病」と呼ばれていた一群の病気の名称を「生活習慣病」に改めたのも彼である

確かに成人病って言葉ありましたね。

より正確な言葉に直したのが日野原さんとは知りませんでした。

成人病じゃあおかしいですもんね。

2001年12月に出版した著書『生きかた上手』は120万部以上を売り上げた。

ここで世間一般にお名前が知れ渡ります。

95歳で徹夜!

晩年の日野原は100歳を超えてスケジュールは2、3年先まで一杯という多忙な日々を送っていた。

乗り物でのわずかな移動時間も原稿執筆に使い、

日々の睡眠時間は4時間半、週に1度は徹夜をするという生活だったが、

96歳にして徹夜をやめ、睡眠を5時間に増やしたという

日野原は少なくとも110歳まで現役を続けることを目標にしていると語っていた。

老人になると寝れなくなるとはいいますが、毎週徹夜をしていたとは!

生活習慣を変えた事は良かったw

著書のヒットで、日本中のお年寄りから慕われ仕事が増えていったと思われます。

最後にご冥福をお祈り致します。

 


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